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BLOG 人生にコーチングを!

「自分のトリセツをつくる」

私は、どんな方の人生にもコーチングがあればいいなと思っています。

でも、コーチングを経験したことのない方は、
「コーチングって受けたら実際にどんな変化があるの?」
と疑問に思っていらっしゃるのではないでしょうか。

この記事では、その疑問にお答えすべく、実際にみみをすますラボで継続セションを受けてくださったクライアントの声をご紹介させていただきます。

クライアントご紹介

今回ご紹介させていただくクライアントさんは、さやかちゃんです。

さやかちゃんとはもともと軽く面識があって、私がコーチングを学び始めた頃に練習相手的に何度かセッションを受けてくれたのが1年半ぐらい前のこと。
その後、約1年前からは正式なクライアントとして、これまで10回✕2シリーズを受けてくださっています。
その10回✕2シリーズの約1年は、「かろやかになる時間」というテーマでコーチングをしてきました。

さやかちゃんにとってこの期間は、首都圏から地方に移住して、新たな生活、新たな仕事を始めるという、大きな環境変化を起こした時期でした。
私も同時期に似たような環境変化があったり、世代や家族構成も近かったりして、さやかちゃんの存在には励まされることが多いように思います。
だからというわけではないけれど、セッションを通して、私もたくさんの刺激や影響を受けている実感のあるクライアントさんのひとりです。

クライアントの声

先日、「かろやかになる時間」シーズン2が終了した後に、さやかちゃんからこんなメールをいただきました。

先日は10回目のセッションありがとうございました。

コーチングを始めた約1年前からは比べ物にならないほど「かろやかに」生きられているなと感じるし、「答えは私の中にある」という自分への信頼感が高まってコーチングの時間を良い意味でうまく使えるようになってきたなと感じます。

心に引っかかることがあると、これを次回のテーマにしようと決める。
何がひっかかったのか、言葉にしてみる。
もしかしたらこの部分は問いを立てることに似ているのかもしれないね。
そのテーマを自分なりに眺めてみたり触ってみたり、仮説を立てたりして過ごしてみる。
それをコーチと共に振り返ってみる。
自分のトリセツの一つに昇華する。

こんなサイクルをこれからも回していければと思います。

このメールを読んで、「なんて素晴らしいサイクルを回しているんだ!」と感動した私は、早速「ブログで紹介させてください」とお願いしたのです。

実は、さやかちゃんに、この「かろやかになる時間」✕2シーズンを始める前(約1年前)に書いてもらった体験談があります。

それがこちら。

長年、悲観的かつ感情的になりがちな自分の思考のパターンを自覚していたものの、なかなか脱却できずにいたため、プロの力を借りるべく隔週でのコーチングを始めました。

最初は、私がコーチングなんて…と思う気持ちもありましたが、自分が考えたい、深めたいと思う話題(それが世間的には小さな悩みや問題であったとしても)を大切に取り扱ってもらう経験を重ねることで、自分の思考を整理するための良い時間として、コーチングを活用するようになりました。

今日は取り扱いたい話題がないなーと思う日も、いざ始まると話したい話題が出てくるもので、顕在化していないけど思考の奥底にたまっている想いについても自覚的であるために、定期的にコーチングの場を設定することの意義を感じています。

いまは、定期的な内省と思考の発散の機会を持つことで、感情も含めた自分の現在地を冷静に見取ることができるようになりつつあります。課題としていた思考のパターンについても変化を感じる機会が増え、コーチングの効果を感じています。

メールの文章と体験談の形式で書いた文章というフォーマットの違いによる硬さの差はあるとはいえ、「かろやかさ」の違いは歴然ですね!

私からのメッセージ

「自分のトリセツをつくる」という言葉。
さやかちゃんとのセッションの中で時々出てくる言葉です。

誰もが皆、きっと死ぬまでずっと、自分自身と付き合っていかなくてはならない。
やることや関わる人、環境が変わっても、自分が自分といることは変わらない。
だからこそ、自分を知り、「自分のトリセツをつくる」ことが重要なのだと思います。

1年前と今のさやかちゃんの言葉を比べて感じるのは、自己信頼のレベルの違い。
「私なんて…」じゃなくて、「私は大丈夫」という力強さを文面から感じます。

コーチングを受けることに対する意識も、
1年前は「コーチしてもらう」「聞いてもらう」という意識が強かったのだけど、今は「コーチと話す」「自分の声を聞く」に近い感覚に変化してきたのだそう。

それは、もちろんさやかちゃんが書いてくれているような良いサイクルを回してきた成果なのですが、根っこには自分を大切にする経験の積み重ねがあるのかなと思いました。
1年前の体験談に、「自分が考えたい、深めたいと思う話題(それが世間的には小さな悩みや問題であったとしても)を大切に取り扱ってもらう経験」という表現がありますが、それは、セッションを通してコーチと一緒に自分が自分を大切に取り扱う経験でもあると、私は思います。
そういう経験を積み重ねることで、「自分自身は大切に取り扱うべき存在である」ということが当たり前になる。
そんな自分との付き合い方の変化が、「答えは私の中にある」と自分への信頼に繋がるのではないでしょうか。

自分のトリセツをどんどん増やしているさやかちゃん。
これからは、その影響力を外に外に広げていくんじゃないかなと思っています。
そのプロセスも、かろやかに進んでいくことを願っています。

さいごに

時々、コーチングに対して、「明確な目標なんてないんですけど…」「特に実現したい立派なことがあるわけじゃないんですけど…」という反応をされる方がいます。
そんな方でも、もやもやと「今のままでいいのかな?」という想いを抱えていることがあります。

そんな方は、自分とうまく付き合っていくための「自分のトリセツをつくる」ことを目的に、コーチングを始めてみてはいかがでしょうか?
何かを達成するのは素晴らしいことですが、それだけが生きることではありません。
何かを目指して進んでいる時も、そうじゃない時も、いつだって自分とは付き合い続けていくわけです。
自分のトリセツを作れるようになることって、人生のいろいろなシーンで使える大きな財産になるんじゃないかなと思います。

みみをすますラボでは
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BLOG うつろう風景

春に向かって

今日は久しぶりにブログを書く時間を持てたので、私の近況について書いていきたいと思います。

2月の大雪

私の暮らす場所(琵琶湖の北の方)では、先週末に大雪が降りました。

金曜の夜から降り始めて、月曜の明け方まで。たまに晴れ間の覗く瞬間もありましたが、ほとんど吹雪き続けていました。
我が家の目の前でも大人の膝の高さ(50センチくらい!)まで積もっていて、月曜は市内の学校・幼保園は一斉休業。
雪って、こんなに何もかもを閉じ込めて、何もかもを止めてしまうんだなとびっくり。
土曜に配達予定だった宅急便の荷物が、火曜に届きました。
このあたりは雪が降るエリアではあるのですが、2月にここまで降るのは珍しいようです。

火曜からはすっかり晴れていますが、雪はまだたくさん残っています。

今朝なんて、保育園の玄関前の道が凍っていて。
それに気付かず、息子(3歳)を抱っこしたまま小走りで駆け込もうとした私は、思いっきり前向きに滑って転んでしまいました。
そのせいで息子は地面に頭を思いっきりぶつけてしまって、ちょっとした騒ぎに。
幸い大きな怪我はありませんでしたが(私が膝を擦りむいた)、本当に気をつけないといけませんね。

雪解けの道って、雨上がりとは違うびしょびしょ感があるんですね。
輝く太陽の下、車を運転していると、前を走る車の後輪が跳ね上げた水しぶきに虹がかかる。
うっかり見惚れてしまいそうです。(安全運転!)

こういうことも、ここで暮らすことで、初めて知ったことだなと思います。

近づく春と花粉症

とはいえ、もう立春も過ぎ、「暦の上では春ですが」という時期になりました。

個人的には、春の訪れ=花粉シーズンの訪れだったりします。

私と花粉症の付き合いは、もう20年近いのでは?
今のところ、アレルギーはスギ花粉だけですが、花が咲き始める嬉しい季節にどんより気分になるのは辛い…

なんとか春を楽しみたい思いから、昨年のシーズン後から舌下免疫療法という治療を始めています。
舌下免疫療法とは、3〜5年間、アレルゲンを含む治療薬を服薬し続けることで、アレルギー症状を緩和したり治したりする効果が期待できる治療法です。
今年はまだ効果が期待できる年数が経っていないので、例年どおりの症状が出るそうです。

今日、かかりつけの耳鼻科に行って、舌下の治療薬に加えて、もうすぐ始まる花粉症状に対処するための薬も処方してもらいました。

かかりつけの先生には、この春にどれぐらい症状が出るかはわからないけれど、できる限り、飲み薬ではなく点鼻と点眼で乗り切りたいと相談しました。
飲み薬も色々と種類があって、副作用の出方も色々だとは思いますが、あの感覚が鈍くなる感じが苦手なので…
眠くまではならなくても、コーチングをする時に言語外の情報をキャッチするセンサーが働きにくくなるような気がします。
薬だけじゃなくて、そもそも鼻炎自体が聴覚や嗅覚、味覚に影響があるんだろうな…
コーチングって、きっとそういう色々な感覚を使って行うものなんです。
できるだけ生活の質を下げないよう、様子を見ながら対応していきたいなと思っています。

耳鼻科の先生によると、今年の花粉は、雪が溶けて暖かくなったら一気に飛び始めるだろうという話でした。

好きなものがあるということ

このかかりつけの耳鼻科、自宅から車で30分くらいの場所にあります。
舌下免疫療法が受けられるクリニックが、近所にはなかったのです。

今日も、ひとり音楽を聴きながら、琵琶湖の湖岸を運転して行って帰ってきました。
いつもよりも少しカーステレオのボリュームを上げて、自分の好きな音楽を気ままに楽しむ。

「なんだか、こういうの久しぶりだな」
ふと、そんなことに気づきました。

週末は大雪で家に籠もっていたのもありますが、このところ第六波の影響で子どもの学校の休校が頻出していました。
子どもが家にいる時は子どもに合わせて過ごし、子どもがいない時には子どもに合わせたことでやれなかったことのリカバリーに奮闘し、なんとなく「みっちり感」のある日々が続いていました。
音楽は何かしら毎日聴いているんだけど、ひとりで存分に楽しむ感じじゃなかったんですね。
移動時間とはいえ、とても幸せな時間でした。

私は、こういう時に聴きたいと思える、好きな音楽があることは、本当に幸せなことだと感じています。
好きなものがあることはありがたいことだと、常々感謝しています。

好きなものがあることで、今ここに居場所ができる気がするんです。
これって何なんだろうな?と、少し不思議に思っていたのですが、ある曲を聴いて「なるほど」と思うことがありました。

銀杏BOYZ – 少年少女

銀杏BOYZ、今でもこんなの作れて、この歳になっても刺さっちゃうの、すごい。最近、私の中でリバイバルブーム。
ボーイ・ミーツ・ガール的な曲なのですが、「ここにいてもいいから」という歌詞が何度か出てきます。

そうか、何かを好きになることでここにいる理由ができるんだなと、ちょっとわかる気がしました。
何かに好かれることではなく、自分が好きになることで、です。
その好きになるって、もう「信じる」に近い感じがします。信仰というか。

自分には神様がたくさんいるのかもしれないと思うと、ちょっと嬉しく、心強くなりました。

流れるということ

今日の通院ドライブの帰り道は、スターバックスのドライブスルーで買ったトールラテを飲みながら運転していました。

ふと、前にある人にドライブスルーでスタバを買って運転しながら飲む話をした時に、「ゆきこさんって、すごくエネルギーが溢れてるんだね。お店で座って飲むこともできるのに」と言われたことを思い出しました。

確かにそうなんですよね。
ちょっとお店に寄って飲むこともできるんです。それぐらいの時間はあったし。
そもそもスタバって店舗空間込みの価格設定だから、持ち帰りは割高感がある気もするし。
もちろん、私もお店でゆったり楽しむ時もあります。
でも、そうじゃないことを選択したくなる時もある。

今日、その会話を思い出して、「流れること、それ自体が大事なのかも」と思いました。

車を運転して流れていくこと、音楽とともに時間が流れていくこと。
自分の中に滞り感がある時、そういうわかりやすい流れの中に身を置くことで、軽くなったり、動き出しやすくなったりする気がします。
今日は、そういう「流れること」を求めている時だったのかもしれません。

そういえば、2020年の夏、コロナによる慣れないお籠りに疲れていた頃、少しずつ回復していく過程では、ドライブと好きな音楽の流れの中に身を置く時間が機能していたように思います。
きっと自分にとっての回復キーアイテムなんですね。

スタバはただの欲張りアイテムとして、欲しくなっちゃったんだな。
温かいラテを飲むと、身体の中からホッとしますよね。

そんな「流れ」を意識し始めたのは、映画「ドライブ・マイ・カー」の影響かもしれません。

タイトルの通り、多数登場する車が走るシーンからは、「流れ」のイメージを強く受け取りました。

この映画、昨年のマイベスト映画。傑作です!
もうすぐDVDの発売日で、すでに予約済なのです(^^)楽しみ!
サブスクで配信されるんだろうけど、手元に置いていつでも確実に観られるようにしたいって思っちゃったんだな。
DVDを観たら、感想を書けたらいいなと思っています。

思いつくままに書きたいことを書いていたら、長くなってしまいました。
久々に好きなものを楽しんだり、流れを感じたりして、エネルギーが湧いて来ちゃっているみたいです(^_^;)

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BLOG コーチングといううつわ

コーチが自身の「安心」を手放すこと

前回の「コーチングといううつわ」では、「戦略」という言葉への苦手意識と今後の付き合い方について書きました。
実は、今回も苦手意識シリーズです。

今回は、私自身のもやもやが残っているやり取りを振り返ることで、コーチが自分自身の「安心」を手放すことの重要性について、考えてみたいと思います。

私のもやもや体験

先日、初めてお話させていただいた方との会話の中で、こんなやり取りがありました。

(相手の方)「ほそかわさんも、周りの人たちの自己実現をサポートしたいという思いでコーチングをされているんですか?」

(ほそかわ)「うーん………、もちろん自己実現は大事だと思うんですけど、私は、相手の可能性を一緒に見つけることをやりたくて、コーチングをしている気がします。」

このやり取りに関して、私の中にはもやっとした思いが残っています。

別に、この会話が問題で、後から何かトラブルが起きたってわけじゃないんです。
むしろ、何も起きないようにしていることが良くないなって、反省しているんですね。

もやもやポイントは、「うーん………」と考えていた時に、自分の中で何が起きていたことにあります。

問いかけられた時の私の頭の中を振り返ってみると
実は、「自己実現!?え?何それ?ジコジツゲンをサポートしたい???私が?そうなの?」と、
ちょっとした混乱状態だったのです。

正直な話、私「自己実現」という言葉、いまいちよくわからなくて、ちょっと苦手なのです(-_-;)
漢字の見た目もカクカクしてるし、音の響きも詰まり過ぎてません?
ギラギラしたYouTubeのサムネイルに鎮座していそうなイメージ…(これは偏見)

その、ちょっと苦手意識のある「自己実現」をサポートしたいという思いについて、共感を求められたわけですね。
「ほそかわさんも」とおっしゃっているように、相手の方は、自己実現をサポートするためにコーチングをやりたいという思いをお持ちの方だったのです。

改めて落ち着いて考えてみると、相手の方に確認すればよかったなーと思うんです。
「あなたの言う『自己実現』って、どういうことなんですか?」と。
質問に質問で返すことに抵抗があれば、「大事なことだと思うので、ちゃんと理解して答えたいので確認したいんですけど」と前置きしてもいいかもしれません。
私は、今ここで話されている「自己実現」がどういう意味なのかがわかっていないのだから、まずその点を確認してから考えて答える。
誠実な対応だと思います。
それに、その方にとって「自己実現」とは何か?という話を聞くことができたら、きっとその中に心から共感できるポイントがあると思うんですよね。
使っている言葉が違っても、根っこにある想いには通じるものがあるはずです。
そういうポイントを見つけたら、心からの共感を伝える。
それがいいな、と、今は思います。

でも、実際にその時にした対応は、「自己実現」についてはよくわからないまま尊重の姿勢は見せておいて、一方で自分に嘘は付きたくないから自分の言葉で答えている。
同じものを見ていないというか、少し平行線というか、相手は「そうなんですね」と答えるしかない雰囲気というか、そんな印象があります。
限られた時間の中でつつがなくこの場を収めて会話を進めたがったり、とりあえずの共感を示していい印象を与えたがったり、ひょっとするとわかったふりをしてちょっとカッコつけたがったりしていたのかなーと思います。
相手の影響を受けないように、閉じている姿勢とも言えますね。
気付かぬうちに、私は自分にとっての「安心」を選んでいたのかもしれないなと思います。

「安心」とは何か

コミュニケーションにおける「安心」について考える時、私は社会心理学者の山岸俊男先生の定義を参考にしています。
山岸先生自身もたくさん本を出されてますが、この記事では「手の倫理」「ポストコロナの生命哲学」での伊藤亜紗先生による引用・解説をもとにして書いています。

山岸先生は、社会的不確実性(相手が自分の思いとは違う行動をする可能性や、相手が自分に対してひどい行動を取る可能性があること)を軸に、「安心」とは「そもそもそのような社会的不確実性が存在していないと感じること」と定義しています。
「安心」を得ようとすると、社会的不確実性を生む要素を減らそうとする方向に進みます。
つまり、状況をコントロールすることで、自分にとってのリスクを排除しようとします。

私が、自分にとっての「安心」を選んだと思ったのは、あの会話での自分のふるまいが、自分の想定の範囲内で収まるように状況をコントロールしようとした結果のものだと感じているからです。
「自己実現」という自分にとってよくわからないワードを避けて、会話の流れを自分の手の負えそうな範囲に収めようとしたわけですね。

さらに、山岸先生は、「安心」と対になるものとして「信頼」を挙げています。

「信頼」とは、「社会的不確実性が存在しているにもかかわらず、相手の(自分に対する感情までも含めた意味での)人間性ゆえに、相手が自分に対してひどい行動はとらないだろうと考えること」です。
相手はどういう行動を取るかわからないけれど、大丈夫だろうという方向に賭けること。
それが「信頼」です。
そして、「安心」を求めれば求めるほど相手をコントロールすることになり、その結果「信頼」は失われていきます。

信頼と安全を育む

ICFによるコーチングのコア・コンピテンシーにも、「信頼」は重要な要素として出てきます。
そして、ここで「信頼」は、「安心」ではなく「安全」とともに扱われています。

コンピテンシー4.信頼と安全を育む

定義:クライアントとパートナー関係を築き、クライアントが自由に話せる安全で支援的な環境を創り出している。
相互に尊重し信頼する関係を維持している。

ICFコア・コンピテンシーモデル更新版

この「安全」は、環境を形容しています。
それは、クライアントが自由に話すことを可能にする環境です。
そんな環境を創り出すことが、コーチの役割のひとつです。
そして、相互に信頼する関係も、安全な環境も、育まれるべきものなのです。

では、そのためにどんなことをすればいいのか?
それも、このコンピテンシー4にヒントがあります。

1.クライアントの自己認識、とりまく環境、体験、価値観、信念を含みうる状況で、クライアントへの理解を深めようとしている。
2.クライアントの自己認識、物の捉え方、流儀、言葉遣いに敬意を示し、クライアントにコーチングを合わせている。

クライアントの使う言葉には、その人の価値観が潜んでいます。
そんな、表面にはまだ見えていないものも含めて、その人自身をもっと知ろうとすること。
さらに、そういったその人自身に敬意を示して、クライアントにコーチングを合わせること。
コーチが自分の流儀を押し通そうとすることは、相手に敬意を示せていないことになるのですね。

それから、

6.クライアントとの信頼を築くことができるように、自分の不完全さも見せるなどして、開放性と透明性を示している。

これですね。
わかったふりをしないこと!わかったつもりにならないこと!
何度でも繰り返し肝に銘じておかなきゃいけないことだと思います。

そして、ここに出てきた「開放性と透明性」、私の2022年のテーマのひとつである<ひらく>とも繋がってきます。
コーチ自身が開いていないと、クライアントとの信頼を築くことができないわけです。
じゃあ、コーチが<ひらく>とはどういうことか。
それこそ、クライアント自身を、コーチングを、そして自分自身を信頼することだろうなと思います。
何が起きるかわからないけれど大丈夫だろうという姿勢で臨むことです。
そのためにどうすればいいのか、何が必要なのかは、まだまだ探求が必要なところではありますが、少なくとも自身の「安心」を求めていてはダメみたいですね。
コーチが「安心」な場所に留まろうとしていては、そこは成長のための場所にはならないはずです。

「安心」から「信頼」へ

今回は、コーチが自身の「安心」を手放すことの重要性について書いてきました。
「安心」を手放すことは、相手や状況をコントロールしようしないことであり、相手のその人自身を知り、「信頼」を築くことに繋がっていきます。

念の為申し添えておくと、私はいつでも何でも「安心」じゃなくて「信頼」が大事!ってことじゃないと思っています。
「安心」が求められるシーン、より良く機能するシーンは、世の中に数多く存在しています。
社会的不確実性を排除して物事を前に進めるって、社会活動の中では結構求められるし、必要なことだと思うんです。
世の中から「安心」が全て消えてしまったら、それはカオスで、社会を維持することができなくなってしまいます。

ただ、コーチングや、そこから新たなお互いの「学習と成長」が生まれるような創造的な関係性を築きたいと思ったら、「信頼」を避けて通れないのは間違いありません。
でも、少なくとも私は、あまりに「安心」に物事を進めることに慣れすぎてしまって、それが癖になっているような気がしています。
だからこそ、実は「信頼」するってなかなか難しいことだよねと、私は日々コーチングを実践しながら思っているのです。

こんなエピソードをご紹介しましたが、みみをすますラボでは「自己実現」のためにコーチングを利用したい方も大歓迎です(^^)
そんな方には「あなたの言う『自己実現』ってどういうことですか?」と質問させていただきます!
あなた自身のことを聴かせてください(^^)


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BLOG わたしの想い

ACCとして始める2022年

2022年一本目のブログです。
あっという間に1月も後半ですが、
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、私の2022年は、年明け早々のACC資格取得から始まりました。

ACCとは、国際コーチング連盟(ICF)認定アソシエイト・サーティファイド・コーチという資格の略称です。

日本のコーチング資格は全て、各団体が独自に認定している民間資格です。
例えば、私が以前から持っている生涯学習開発財団認定マスターコーチという資格は、コーチ・エィという会社が提供するプログラムを修了し、一定の基準に達したコーチに対して認定している資格です。
日本には、このような認定団体がいくつもあり、団体によって様々な特色があります。

今回私が取得したACCを認定しているのは、世界最大のコーチング組織であるICFです。
世界のコーチ達の元締め的存在であり、コーチングのコア・コンピテンシーの策定もこのICFで行われています。
ICFの認定資格は国際資格であり、コーチングの国際基準を満たしたコーチであることを証明する資格です。
取得要件も多くの他の認定資格よりも厳しく、一般的には他の認定資格などを取得したコーチが目指すケースが多いように思います。

ACCは、ICFの認定資格のうち、一番最初の資格です。
ACCの次はPCC(プロフェッショナル認定コーチ)、そしてMCC(マスター認定コーチ)という、3つの認定資格があります。

資格取得のお知らせでも書きましたが、ACC取得は、コーチングを学び始めたときからの、私の最初の目標でした。
2年と少し前、「まずはこれを目指してがんばろう」と決めて、私は自分で受けたこともなかったコーチングを学び始めました。
なので、この最初の目標を達成し、その先を目指して新たにスタートする機会を、この気持ち新たな年の初めに得られたことは、なんだかとても良いタイミングだなーと感じております。

この先、ICF認定資格の次のステップであるPCCを目指して励んでいくことはもちろんなのですが、
私の中では、2022年のコーチングにおける成長テーマがあります。

それは「学習と成長を育む」です。

この「学習と成長を育む」は、ICFが定めるコーチングのコア・コンピテンシーの4つの領域の一つでもあります。

最近の私は、よく「学習って何だろう?」「成長って何だろう?」と考えています。

例えば、

勉強をして知識を手に入れたとしても、それによって自分自身が変わることがなければ、それは学習とは言えないのではないか?ただの情報収集なのではないか?

とか

そう考えると学習とは、今の自分に何か良いものを追加するというただの安全な取り組みではなく、それによって自分自身が変わってしまうかもしれない、リスクを含んだチャレンジングな取り組みなのではないか?

とか

どんな経験からも学ぶことができるとしたら、どこにだって自分自身が変わる、成長する可能性はある。でも、その可能性がつながる先は、予め完全に予測しきれないからこそ、想像を超えた豊かな何かにつながり得るのではないか?

とか

成長が望ましい変化であるとしたら、何が望ましいのかは価値観によるはず。だとしたら、価値観が変われば、過去の経験を捉え直すことによって新たな成長の契機があるのではないか?

とか。

そういうことを考えていると、この「学習と成長を育む」には、全く未知の新しい何かが生まれそうな、ワクワクした予感を感じるのです。

もう一つ、私が2022年のテーマにしていることがあります。
それは、<ひらく>

<ひらく>がひらがな表記なのは、ふたつの漢字を意識しているからです。

ひとつは「開く」。
これは、「閉じる」の反対ですね。
新しい扉を「開く」というようなdoingはもちろんですが、自分自身が「開いている」というbeingの方も大切にしたいと思っています。
“open”は、コア・コンピテンシーで定められているコーチングマインドのひとつでもあります。

もうひとつは「拓く」。
これは、「新しく作り出す、今までになかったことを始める」ということ。
未来を拓く、新時代を拓く、なんて言いますね。
書いているだけでワクワクしてしまいます。

この<ひらく>「学習と成長を育む」には、非常に強い関連がありそうです。

開いている自分で学ぶことが、成長につながり、可能性が拓かれていく。
2022年は、そんな年になればいいなと思っています。

コーチングで、クライアントの「学習と成長を育む」パートナーとして協働できることは、私にとってもチャレンジングな取り組みであり、大きな喜びでもあります。
そして、その経験から、私も最大限に自分自身の学習と成長を育んでいきたいと思っています。

みみをすますラボでは
あなたとわたしがみみをすまし
ふれあい、うつしあい、ひびきあう、
そんなコーチングを提供しています。

これは、このホームページのTOPに掲載している文章です。

「ふれあい、うつしあい、ひびきあう」コーチングとは、互いの学習と成長が循環するような、影響し合える関係から生まれるのではないかと思います。
そのためには、まずはコーチの側が、自分自身が変わってしまうかもしれない可能性をも引き受けて、開いた自分でクライアントと共に学ぶ。
そういう姿勢が大切なのではないかと思っています。

そんなコーチングを、多くのクライアントの方々とできる2022年になれば幸いです。

ご自身の「学習と成長を育む」パートナーとして、コーチと話をしてみませんか?
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2021年のふりかえり〜センス・オブ・ワンダーとともに

ぐっと寒い日が続きますね。みなさん、体調お変わりありませんでしょうか。
今年もあっという間に師走です。

先日、Spotify(私が愛用している音楽ストリーミングのアプリ)が、こんなものを作ってくれたんです。

わたしの「2021年のSpotifyまとめ」です。
これによると、2021年の私は23,896分もSpotifyを聴いていたそうです!すごーい!
その内容は44ジャンル992アーティストに渡り、トップアーティストのTempalayを5,747分も聴いていたらしい。トップソングの「大東京万博」(もちろんTempalayの曲)は249回も再生したそう!このTempalay、車ではCDでも再生しているので、実際はもっと聴いていることになりそうです。

このまとめの他に「My Top Songs 2021」というプレイリストもSpotifyが作ってくれたのですが、このプレイリストの曲たちを聴いていると、本当に色々なこと、その曲とともに見た景色や感じた空気のにおいや質感、その時考えたこと、それらが重なって生まれてきたことなんかが、ぶわーっと蘇ってきます。

私の2021年の出来事を振り返ってみると、コーチングスクールの過程を修了し、コーチングを始めた当初からの目標であるACC(国際コーチング連盟認定アソシエイト・サーティファイド・コーチ)への切符を手にしたり、自身のHPも開設してひよっこではあるもののプロコーチとしての歩みをスタートしたりと、自身にとっての転換期を着実に作ってきたという実感があります。

でも、そういうことができたということよりも、「こんなに多くの時間を、自分のために、自分の好きな音楽とともに過ごせたのだ!」という喜びや、そこから蘇ってきた記憶(大きな出来事や達成などからはこぼれ落ちてしまう類のもの)のかけがえのなさの方が、私にとっては大切なことのように感じています。

 

ふと、2021年のはじまりには、どんなことを思っていたんだろうと気になって、2021年1月1日の日記を読み返してみました。(日記は書いておくべきものですね!)

これによると、どうやら今年の正月には「センス・オブ・ワンダー」という言葉が私の中に降ってきたそうです。

センス・オブ・ワンダー、美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見はる感性という意味の言葉です。

音楽を聴いているときも、
ことばを読んでいるときも、
アートと向き合っているときも、
コーチングをしているときも、
コーチングを受けて自己探求しているときも、
自然を感じているときも、
どこかでこのセンス・オブ・ワンダーが働いている。
そして、そこで起こる感覚が、感情が、ことばに収まりきらないことが、不思議で果てしなくてたまらなくて、でもやっぱりことばにできるようになるんじゃないかと期待している自分がいる。

そういう、センス・オブ・ワンダーこそが、自分が大切にしたい感性なのだと、
そんなことを書いていました。

これを読んで改めて思い返してみると、私にとってこの2021年は、センス・オブ・ワンダーをのびのびと育み、「感じる」ことに夢中になった一年だったのではないかと思えてきました。

「沈黙の春」で有名なレイチェル・カーソンは、「センス・オブ・ワンダー」という本でこのように述べています。

 子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。

 もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目をみはる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。

 この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。

レイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」

この1年、私が興味関心を抱き、影響を受けてきたものを振り返ってみると‥

四季折々の琵琶湖と里山の自然。その風土から生み出されるものたち。
音楽のある生活と画面越しのライブ。
谷川俊太郎さん、穂村弘さん、最果タヒさんたち詩人の目。
小説家・保坂和志先生の作品と小説的思考塾。
アートでは、内藤礼さんの母型(豊島美術館)や<ひと>、うつしあい。杉本博司さんのOPTICKSインタビューで読んだ山口晃さんの技術論。
美学者・伊藤亜紗さんの身体性や触覚に関する本利他プロジェクト
そして、コーチングと、コーチングを通して関わらせていただいた人たち。

挙げ始めるとキリがありませんが、なんとなく「自然」が関わるものが多いように思います。

私には芸術とは何かよくわからないのですが、ひょっとすると芸術というものには、人の中にある自然の部分が大きく影響しているのではないかと思っています。
ロゴスに収まりきらないものたちです。
そういう、その人を超えた力が芸術を成させるのだと聞いたことがあります。

そして、コーチングをしていると、今を生きる一人ひとりのなかに、その自然の部分があることを感じます。
美しく、未知で、どこまでも不思議なものです。
私はその存在に畏敬の念を抱きます。
そして、きっとそれが可能性というものなのだろうと思っています。


そういう「自然という力の源泉」に近づいて、多くの時をともに過ごすことのできた年でした。
この1年を経て、私のセンス・オブ・ワンダーは、より自由に、おおらかに、活発になってきている気がします。
きっとこれからの私の人生にとって、重要な、意味のある1年になるだろうと思っています。

さて、じゃあ、これからどうしたい?来年はどんな年にする?

もちろん、センス・オブ・ワンダーは引き続き大いに育み、発揮していきたいと思っています。
一方で、来年は、感じるだけでなく、感じたことを言葉にすることや思考につなげることを強化していきたいなと思っています。
頭を鍛えていくイメージですね。
正直な話、最近あまり頭を使っていないかもしれません。使い方の広さと深さが足りないような気がします。
そういうことに取り組むことで、身体と心、そして頭も、自分の全部をよく使って、よく生きることにつながるんじゃないかなと期待しています。

少し早いけれど、これが私の2021年のふりかえりと、来年に向けた抱負です。

12月、何かと慌ただしい時期ですが、この1年をふりかえり、来年の過ごし方を考えるには良いタイミングです。
是非コーチと一緒に、あなたのこれまでとこれからについて話してみてはいかがでしょうか?

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BLOG 好きと交差

お茶とコーヒー

「好きな食べ物は?」と聞かれたら、「うどんとあんみつ」と答えます。

うどんはいつでも食べたいし、いつでも食べられる。そして実際に一番頻繁に食べている食べ物です。

あんみつは、とってもテンションの上がる食べ物なんだけれど、ここ最近は食べる機会を持てていない。だから、私が追い求めているのはリアルあんみつではなくあんみつの幻影なのではないかという気がしないでもないところ。

でも、「好きな食べ物(飲み物含む)は?」となると、「お茶とコーヒー」がうどんと拮抗しています。

「お茶とコーヒー」といった身近な日常の中にある好きなものと付き合うとき、私は、マイベーシックの手堅い安心感と、その日の気分に応じた幅広い選択肢、その両方があるとすごく幸せだなと思います。

マイベーシック

何も考えず、とにかくこれさえあれば安心ってやつ。

この時期はこのセットです。

サーモスのポットに入った温かい番茶。

寒い時期は番茶が美味しいですね。
ポットにティーバッグをひとつぽんと入れて、沸かしたお湯を並々注ぐ。それだけで安心。
仕事中もこのセットをデスク横に備えているし、食事時も大抵はこの番茶を飲んでいます。

冬はね、温かい飲み物がすぐに冷めちゃう問題。ありますね。
サーモマグやタンブラーも持っているものの、私はあの口当たりがあまり好きじゃないんです。
そして、温かいものは温かく飲みたいんだけど、手元で冷めていくのは好きなんです。
その冷めていく、現在進行形の感覚を味わえないのは趣不足。
だから、ポットで温かくしておいたお茶を、手元のカップで冷ましながら飲んでいます。

その日の気分に応じた幅広い選択肢

コーヒーはほぼ毎日飲んでいます。
最近は少し胃に重たく感じているので、だいたい朝と午後イチの2杯。

コーヒー豆は少しずつ買うことにしていて、基本は「THE COFFEESHOP」というお店で定期便で届けてもらっています。
それだけじゃ足りないから、定期便の分がなくなった頃に、歩いて近所の焙煎珈琲屋さんへ。
いつも一緒というわけじゃなくて、ちょっとずつ違う豆を試すのが楽しい。

コーヒーはペーパードリップで1杯分だけ落とします。
お湯を沸かしながら直接マグカップにドリッパーをセットして、ペーパーフィルターにコーヒーメジャーすりきり一杯のコーヒー粉。
お湯が沸いたら、少しだけドリッパーに注いで粉を蒸らす。
粉が十分に膨らんできたら、ドリッパーの3分の2くらいまで、優しくお湯をそそぐ。
上がってくる湯気を受け止めるために、ドリッパーの真上に顔を持っていく。
このコーヒーの香りの湯気を浴びている時が、最高に幸せですね。

時には、スイッチONのしるしのようなコーヒーも飲みます。
車で息子を保育園に送った帰り道、マクドナルドのドライブスルーで買う1杯のコーヒー。
美味しいかと言われると別にそこまで美味しくないし(少しずつ美味しくなってきているんだろうけど!)、
眠気覚ましやカンフル剤という程の効果も期待していないんだけれど、
飲むと静かに「よし」とか「さて」という気持ちになる。
そんなコーヒーがマクドナルドやコンビニエンスストアやオフィスの給湯器にはあって、それはそれで大切な存在。
今朝もそんなコーヒーを飲んで、「そろそろ今日はブログを書こう」と思ったのです。

最近は紅茶も好きです。

つい最近、散歩の途中で近所に素敵なティーハウスを見つけました。

レルブロイヤルティーハウス
材料にこだわった茶葉を買うことも、カフェ&ティースタンドでそのこだわりのお茶を飲むこともできます。
オンラインストアもあるので、是非覗いてみてくださいね。

先日は、日本最古とも言われる茶産地・滋賀県朝宮産の無農薬紅茶と、地元長浜市で安心安全に栽培された五穀茶を購入しました。

こういうお茶を、茶葉とお湯の量、温度、抽出時間をちゃんと守って丁寧に淹れて飲むと、「はー、美味しい」としみじみ贅沢な気分になります。
丁寧に作られたものを、丁寧にいただく。
自分を大切にするってこういう感じかなって思います。

でも、いつでも丁寧を求めているわけじゃないんですよね。

マグカップで大雑把に作ったミルクティーを、ガブガブ飲むのも大好きです。
大きなマグカップにティーバッグのイングリッシュ・ブレックファストで紅茶を淹れて、冷蔵庫から出したばかりの牛乳をドボドボ注いだだけの雑なミルクティー。
この時期は、サマハンを入れて「なんちゃってチャイ」にして飲んでいます。

サマハンってご存知ですか?スリランカのアーユルヴェーダ・スパイスティです。
原材料・成分(Amazon調べ 笑)は

きび糖、ブラックペッパー、ロングペッパー、シリテーク、イエローベリードナイトシャイド、ジンジャー、クミン、ジャヴァガランガル、ウィッシュヌクランティ、パッパーダガム、コリアンダー、アジョワン、ファルスカルンバ、リコリス、アダトダ

だそうで、顆粒状で、お湯に溶かして飲むタイプのインスタントドリンクです。

日本でもヨガショップなどで売っているのを目にしますが、割高なので、私はAmazonで100パケットくらいまとめて買っちゃう。
すると、3週間ぐらいかけて、スリランカから国際郵便でベコベコになった箱が届きます。
その箱を見ると、「おー、よくぞはるばるお越しになった!」と嬉しくなっちゃいます。
今見ると、Amazonで定期おトク便もあるんですね。知らなかった。
スパイスなので体を温めたり喉をケアしたりする効果もあるようですが、なんと言っても病みつきの美味しさがおすすめです!

さて、ここまでつらつらと私の好きな「お茶とコーヒー」について書いてきました。

こうやって好きなものについて思い巡らしたり、好きなものとともに暮らしていることを実感したりすると、「ああ、こういうものに支えられて私は生きているんだなぁ」と温かい気持ちになります。
そして、こんな好きなものに対しても安定と変化の両方を求めてしまう私、なんて欲張りなのかしら!とも思います。
でも、その両方を満たせることが、きっと私にとっての幸せなのですね。
自分を固定化しないことが、とても大切なことだと思っています。

コーチングというと前に進むためのものと思われがちですが、
時には「立ち止まって、自分の好きなものを確認する」なんて時間を持つことも、生きる上では大きな力になるんじゃないかなと思っています。

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BLOG わたしの想い

「ととのえる」という言葉

すっかり寒くなりましたね。

私は、ここ2〜3週間ほど、なんだか「ままならない」と感じる状況が続いていました。

まず長男が風邪を引き、私がワクチンの副反応で寝込んでいる間に次男に風邪が感染り、副反応疲れの私も風邪をもらい、回復しないうちに夫が副反応で軽く寝込み、やっと私の風邪が良くなってきたと思ったら次男が胃腸炎になるという具合。

病気の子どものケアって、もちろん心配するし、私の予定を調整しなきゃいけないし…という苦労もありますが、なんといっても肉体労働として大変です。
小児科に連れていくだけでも一苦労。
朝一番の受付開始と同時に予約して、嫌がる子どもをなだめて病院につれていき、診察の待ち時間(予約してても長くなりがち!)のグズグズに付き合って、薬を処方してもらって帰宅するころには母子ともにぐったり。
胃腸炎なんて、二次感染予防のための消毒という重労働がもれなく付いてきます。
3歳の次男にとっては初めて認識する腹痛だったのか、「おなかがいたい、おなかがいたい」と母に縋り付くので、私は延々と彼のお腹をさすり続けることしかできませんでした。しばらくすると、出すもん出した彼はケロッと元気に暴れてましたが、こっちにはそれに付き合う元気は残ってない…。
そして、回復期の子どもって、いつも以上にべったり甘えたがるような気がします。不安や違和感が残っているのでしょうか。でも、母はずっと君のことを抱っこしているわけにはいかないのだよ。

こういう日々を過ごしていると、自分の体力・気力のゲージがどんどん下がっていくのを感じます。

「ままならんなぁ」という感じです。

とはいえ、徐々に私と家族の体調も回復し、ブログを書けるぐらいにはじりじりと気力ゲージも上がってきたわけです。
ここまでよくがんばりました。えらい。

コーチングをしていると、よく「ととのえる」という言葉を使います。
対象は、体調だったり、心だったり、自己基盤やバランス、環境などなど、本当に色々ですが、クライアントさんからもテーマとしてよく出る言葉だし、コーチ自身もよく使う言葉ではないかと思います。

私も、特に調子が良くない時に、「ととのえたい」とか「ととのえねば!」と思うことがあります。
私自身がクライアントとしてコーチングを受ける時にも、何かエネルギーが足りない、すぐれない感じの時に「ととのえる」をテーマにすることが多いような気がします。

この「ととのえる」という言葉、私は、自動的に「整える」と脳内変換していました。
でも、先日、本(呼吸の本)を読んでいたら「調える」という表現が出てきたんです。
私、びっくりしちゃって。目からウロコ。
いや、知ってたはずなんだけど!「調身、調息、調心」って言いますもんね。
でも、それまでの私の脳内辞書には「ととのえる=整える」しかなかったのです。

違いが気になって、手もとの辞書で調べてみました。

整える

①みだれのないようにする。きちんとする。「隊列を―・身なりを―」

②手おちや手ぬかりのない状態にする。「準備を―」

調える

①(手をつくして)すべてそろえる。「晴れ着をー・費用をー」

②ほどよくかげんする。「味をー」

③まとめる。成立させる。「協議をー」

三省堂国語辞典小型版

なるほど。

「整える」の方には、「あるべき状態を目指す」ようなニュアンスを感じます。
正しい状態、あるべき状態といった基準や秩序がありそうです。

一方、「調える」の方は、「いい感じにする」ぐらいのニュアンスでしょうか。
できる限りのことはするんだけど、合意点とか妥協点とか着地点とか、そういうポイントを探っている感じがする。

「調える」の「②ほどよくかげんする」というのがいいですね。
料理で言う、いい塩梅ってやつです。
「こんなもんかな」って自分のセンサーで判断して、ちょうどいい具合にするのです。

このちょうどいい具合ってやつは、非常にナマモノ的というか、今ここだけに存在するものって感じがします。
その日の食材、その日の気候、その日の作る人・食べる人の好みや体調、前の食事で食べたもの、そういう色々なものが複雑に交差した場所に立ち上がるのが、ちょうどいい具合なのではないでしょうか。
正解や明確な基準があるわけではない。
そして、そのちょうどいい具合を目指してできる限りのことはするんだけど、最終的にできあがったものを「今日の味」としてありがたくいただくのです。
「おかーさん、ちょっと味薄い」って言われたら、「はいはい、醤油でもかけといて」でいいわけです。
そういうおおらかさを感じます。

こういうことを考えると、「ととのえる」という言葉を使う時に、自分の中に「整える」と「調える」、両方の捉え方があるのは良いことだと思います。
どちらがいいとかじゃなくて、どちらも必要。
状況に応じて使い分けられることが大切なんじゃないかなと思います。

体や心に対して「ととのえたい」時には、「調える」を思い出すといいかもしれません。

料理がナマモノであるように、体や心もナマモノです。
そもそもままならぬものであり、正しい状態もなければ、コントロールできるものでもないはずです。
でも、生きている限りずっとうまく付き合っていくしかないものです。
だから、その時々のちょうどいい具合を探って、できる限りの工夫もしながら、いい感じにする。
そういうことなんじゃないかなと思います。

「いい感じにする」なんて曖昧なこと、どうすりゃいいのよ?というあなた、ヒントは「みみをすます」ことにあるかもしれません。

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BLOG うつろう風景

寒露の冬支度

先週の金曜日、10月8日は二十四節気の「寒露」。
秋が深まり、冬に向けた支度をする時期だそうです。
この時期は、空気が澄んでいて、晴れの日も多く、空が本当に気持ち良いですね。

私は最近、夜空を眺めることが増えてきました。
最近、「金星」というものを認識できるようになったんです。
なんと生まれて初めてです。

我が家のリビングのベランダは西向きで、しかもそちら側に琵琶湖があるもんだから、私は毎日、西の空ばかりを眺めています。
ある日、夕暮れ時の西の空に、一つだけ、強く輝く星を見つけたんです。
まさに一番星です。
その時はきれいだなーと思っただけだったんだけど、次の日も、その次の日も気になる。
そこで、夜空にスマホのカメラを向けると星の名前を教えてくれるアプリで調べてみて、「これが金星か!」と知るに至った次第なのです。
それからは、毎日、夕暮れ時に西の空を見上げては「あ、金星!」とやっています。

金星は、地球の内側を回っているので、真夜中に見ることはできないそうです。
この、夕暮れの西の空に見える金星を「宵の明星」、明け方の東の空に見える金星を「明けの明星」と呼びます。
宵の明星が見えるのは来年2月頃まで、来年3月頃からは明けの明星が見られるそうですよ。


冬の支度も始めています。

なんといっても、まずは冷え対策。
ストールやレッグウォーマーを引っ張り出し、お布団も厚いものに変えました。
飲み物も、温かい番茶が美味しい時期ですね。

そうそう、新しく小さな土鍋を買ったんです。

週末に目止めをして、今朝はこの土鍋でさつまいものお粥を作りました。
朝ごはんにお腹の温まるものを食べると、ほっとしますね。
これからの時期、おじやにうどんに一人鍋に、大活躍してくれそうな予感です。


この寒露の時期には、「早寝早起き」と「呼吸」を大切にするといいそうです。

季節が移り変われば、日照時間も変わります。
日照時間が変われば、私たちの体内時計にも影響します。
この季節の変わり目に、その時の自分にとって心地よい「早寝早起き」に意識を向けることって、とても理にかなっているなーと思います。

私は、もともと夜ふかしが苦手(眠くて遅くまで起きていられない!)なのですが、朝寝はわりと得意だったりするので、笑
最近は、早起きして、気持ち良く一日を始めることを意識しています。
我が家は小さな子どももいるので、朝の時間は嵐のように過ぎていきます。
でも、早起きで時間のゆとりがあると、心地よく「今日の自分」を立ち上げることができると感じています。

朝目覚めると、まず体温と体重を測ります。自分の身体の調子を確認します。
そしてお湯を沸かしながら、顔を洗って簡単に身支度を整える。
それから、ゆっくりと白湯を飲みながら、ベランダに出て、外の空気を感じています。
ぼんやりしたり、呼吸したり、ストレッチして身体を動かしたり、今日の感じと今の自分を馴染ませます。
そうそう、最近は、お友達に誘ってもらった朝活にも参加していて。
毎朝6時55分から、ほんの5分だけのオンラインの集まりなのですが、元気をもらえる大切な時間です。

朝活が終わったら、家族の支度の時間!
朝ごはんを食べて、子どもの準備を手伝って、それぞれの時間に間に合うように、
「はーい、みんないってらっしゃい!」と全員を送り出すまで、息をつく余裕がありません。

送り出して後片付けをしたら、またスイッチを切り替えて、その日のスケジュールやタスクを確認してお仕事モードの始まり。
早起きができていないと、ここの切り替えがうまくいかず、ズルズルと引きずっちゃうんですよね。
在宅仕事だといくらでも引きずれちゃって、その結果、あれもこれも集中できない…
早起きは、一日の過ごし方に大きく影響するなーと、しみじみ実感している今日この頃です。


それから「呼吸」。
空気の澄んだこの時期だから、至るところで気持ちよく呼吸して嬉しくなっているのですが、最近は、特に寝る前にじっくり呼吸するようにしています。

いわゆる「呼吸法」と「深呼吸」の違いって何だと思います?

「呼吸法」は、吐いてから吸うやり方で、腹が主導権を握っているそうです。
「深呼吸」は、吸う方が先で、胸が主導権を握っているそうです。
「呼吸の本」(谷川俊太郎・加藤俊朗)に書いてありました。
この場合の「呼吸」は、腹で吐いてから吸う方だと思っています。

おやすみ前の布団の中で、呼吸に意識を向けています。

最初の何回かは、お腹からしっかり全部吐き切って、お腹を緩めたら勝手に空気が入っていって、というのを意識して繰り返しています。
鼻から「ふーっ」とか、口から「はーっ」とか、吐き方は色々やって、違いを感じながら遊んでいます。
そうしているうちに、お腹が柔らかくなって、自然と深い呼吸ができるようになる気がします。
そのまま、自然に息を吐くことを繰り返していると、すーっと全身の力が抜けて、本当に気持ちよーくリラックスして、気付いたらぐっすり眠っています。

そして、ぐっすり眠れると、気持ち良く目覚められる。
良いサイクルです。
最近はそんなふうに過ごしています。

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くるり『東京』

最近よく、「コロナが落ち着いたらどうしたい?」とか「何の制限もなかったら何したい?」なんて聞かれることがあります。
私はだいたい「ライブに行きたい」と答えます。

そう、ライブに行きたいですね。

野外フェスでもいいけど、やっぱりライブハウスに行きたいです。
密で、薄暗くて、なんだかよくわからん蒸気がモワモワしてて、その向こうにステージが輝いている。
そんなライブハウスに行きたいですね。
ライブハウスにはひとりで行きたいです。
周りには、温度を感じられる知らない人たちがたくさんいて。
イントロが始まったら、思わず「おーっ」と声を漏らしちゃったりして。
隣にいる知らない人と、目を合わせて笑い合って、喜びを分かち合いたいですね。
そして、ライブが終わったら、それぞれの家路に着き、それぞれの日常を生きたいです。

まあ、今もライブやってますよね。色々配慮しながら。
主催側からしたら「そんなに行きたいなら来なさいよ」って感じだと思うんですけど。
でも、昔みたいな気軽な感じでは行けない。
その腰の重さは私の問題でもあります。うん。重いのです。

なので、最近はオンラインで見てます。
本当に手軽でありがたいことです。
無観客だと全然別物ですけど、それでも「今」を感じられるのはありがたい。


先日、くるりの「京都音楽博覧会2021」(音博)というイベントに参加しました。
オンラインの配信イベントです。
名前の通り、毎年京都で開催しているイベントなのですが、去年からオンライン化しています。
無観客で編集も入ってるので、ライブ配信というより音楽イベントという感じです。
前半は最新アルバムの曲を楽団形式で、後半は立命館大学の学生会館からバンドセットで演奏していました。

セットリストというものが好きです。
セトリ。演目のリストですね。
始まる前から「今日は何演るんだろ?」とワクワクして、予想の外れる展開でもそれはそれで興奮して。
今この場のために、その曲を選んだのだということに、強いメッセージの存在を感じます。
オンラインでライブを観るようになってからは、気に入ったら自分でプレイリスト化して何度も反芻しています。

今回の音博は、公式からセトリのプレイリストが出てました。
後半のバンドセットの方です。

最近のくるりのセトリは、ロック色が強くてすごく好きです。
私、くるりというか、岸田繁のファンなんですけど、
近年は、彼のこと、心の中で「岸田先生」って呼んでたんですね。
大学の先生してるし、交響曲とか作ってるし、見た目は南こうせつみたいになってきてるし。
でも、最近のくるりを見てると、やっぱり彼は私のロックスターだなって思います。
なに恥ずかしいこと言ってるんだって気がしますが。
やっぱり彼はロックスターです。

このセトリからは、重苦しさの向こうに、それでも生きる力を感じさせられました。
本当に好きなが曲いっぱい。
「ハローグッバイ」「HOW TO GO」「奇跡」。暗いけど、「窓」も好き。「ハイウェイ」に救われるなあ。「GO BACK TO CHINA」や「花の水鉄砲」は、ライブで観ると本当にかっこいい。
そして「東京」。


「東京」という曲のことを書きます。

「東京」は、くるりのメジャーデビュー曲です。1998年のこと。
くるりって、今年が結成25周年なんですって。すごいですね。

私が最初に聴いたくるりの曲は、この「東京」です。
高校生の頃、当時お付き合いしていた方にこのCDをもらいました。
何度か聴きましたが、当時の私はメロコア好きのキッズでして。情緒よりも衝動。
なので、当時はそんなにピンと来なかったんですね。

それから何年かして、たぶん、2004年じゃないかな。
COUNTDOWN JAPANっていう年越しフェスで、初めてくるりのライブを観たんですね。たまたま。
それが、まあ、もう、衝撃的で。
その時のセトリの最後の曲が「東京」でした。
その演奏を観て、本当に、「こんなにかっこいい人が存在するのか…!」と思ったんです。
完全にあの場に君臨してましたね。彼の支配する世界です。
大サビ前の間奏の、あのギターがギュイーンってなった後の溜め。あそこで時間止めてますもんね。
すごいんです。私の語彙力も足りないけど、かっこよさが言葉を超えているわけです。
まあそれで、それからずっと、私はくるりの、岸田繁のファンなんですね。

で、今の「東京」。
年月が経ち、最近の「東京」は、昔よりもかなり淡々とした風情となっています。
私が一目惚れした、あの間奏のギュイーンってギターも、今はやらないです。
ヴォーカルも高音は張らないし、全体的にさらっと流す。
一方、ラストの「ラーパーラーパパッパ」というバックコーラスは、祈りにも似た切実さを帯びている。

その変化によって、私はこの曲に、なんだか普遍的な趣を感じているのです。
「東京」って、離れた人を想う曲だと思います。
ラブ・ソングです。東京で、京都にいる好きな人を想う曲です。
でも、ラブ・ソングってね、私の中からはだんだん共感がなくなってきている気がします。残念ながら。
そして、どんどんノスタルジックな代物、リアルではない代物になってしまうというか。
たまに聴くと、良いなと思うんですけどね。

今の「東京」は、恋愛的なテンションの高さがなくなっていって、
私たちの日常の中に溶け込んでしまった離れ離れと響き合っている気がします。
特にコロナ以降、私たちの日常にとって、離れ離れは当たり前のものになってしまいました。
そして、私たちは、その離れ離れに随分と慣れ、諦め、適応し、新しい暮らしのなかで前に進んでいます。
そこには、なんだか忘れてしまう、慣れてしまって感じなくなってしまう、そんな想いがある気がします。
それは、寂しさややるせなさ、苦しさ、もがき、怒り。そういう想いです。
理性的には、「そんな想い抱いても仕方ないし…」と処理した方が生産的かもしれない。大人の対応かもしれない。
でも、私は、自分の中にそういう想いがちゃんとあることに気づきたいし、時々はそういう自分とも一緒にいたいと思うのです。
今の「東京」を聴くと、私はただ、「ああ、そういう自分がいるな」と感じることができます。


私、ロックスターが27歳で亡くなる時代の人じゃなくてよかったって思うことがよくあります。
ずっと好きだと思い続けられるバンドなりアーティストなりがいて、ずっと現役で表現活動を続けてくれていて、それをずっとかっこいいと思っていられるなんて、本当に幸せなことです。

そのアーティストと、今この時代を共に生きているからこそ、感じられること、受け取れることがあると思います。
そういう存在がいることに、私はただただ心から感謝しているのです。

久々にMV観たら、あまりの若さに「うわーっ」となりました。
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BLOG コーチングといううつわ

コーチング「戦略」との付き合い方

コーチングをしていると、しばしばコーチングの「戦略」という言葉に出会います。

私は、この「戦略」という言葉、ちょっと苦手です。
硬いというか、強いというか、なんとなく身構えちゃいますね。

苦手意識の心当たりはふたつ。

コーチングを学び始めた時、一番最初に学んだのは「聴くこと」。傾聴でした。
これが基本で、最重要。
そして、普段の自分は、いかに相手の話を聴いていないのか思い知りました。
相手の話を耳に入れながらも、
「次に自分は何を話そう」「私だったらこうするけどな」「この後の予定なんだっけ?」
まあ、色々なことを考えている。
だから、「戦略」なんてあれこれ考えてたら、聴くことができなくなっちゃうんじゃない?という恐れがひとつ。

もうひとつは、私が直感と適応性で進んでいくタイプであること。
先々を見据えるよりも、流れに身を任せ、その瞬間瞬間に対応するのが好きです。
「戦略」という言葉からイメージする、複雑なシミュレーションを重ねて最適な判断をするようなアプローチは苦手。
苦手なことをやろうとすると、そのことに一生懸命になってしまって、ますます聴けない。

そういう苦手意識から、「戦略」にはできるだけ近付かずに過ごしてきました。

ところが、先日、またこのコーチング「戦略」という言葉に出会いました。

コーチングの資格の申請書類のひとつで、提出する審査用セッションのコーチング「戦略」について書け、とのこと。
うーん、正直、「戦略」と申されましても…という感じなんだけど、審査用の大事な資料だから適当なことは書けないし、参ったな。
それに、これから先ずっとこのコーチング「戦略」って言葉はついて回るだろうから、このあたりで付き合い方を考えるのも良いかもしれない。
そう思って、私のメンターコーチ(コーチング力向上のためのコーチ)に相談しました。

私のメンターコーチは経験豊富なMCCの方ですが、実はその方も「戦略」って言葉は好きではないそうです。
やっぱりそういう方、一定数いるみたいですね。

でも、その方が言ってくださったことは、
コーチング「戦略」を問われた時に聞かれているのは、「どのような意図を持ってコーチングしているのか?」ということだ、ということ。
つまり、方向性や姿勢のようなものだと捉えて構わないということです。

コーチがクライアントと関わる時、瞬間瞬間で、様々な関わり方の選択をしています。
戦略とは、その様々な選択の意図や方向性であり、どのようなことを思い、そのような関わり方を選択したのか、ということなのです。
クライアントの個性や状態、テーマや求めているゴール、今この時のクライアントに個別対応するために、コーチは関わり方を選択しているはずなのです。

そうか、たしかにそうであるはずだ。私もそういうことをしているはずだ。
私はそう思いました。

でも、改めて「では、このセッションのコーチング戦略は?」と聞かれると、どうもよくわからないなーというのが正直なところなのです。
どの局面でも、選択肢は色々あったはず。
でも、その色々なカードの中から、私は一瞬でシュッと直感的に選んでいる。
だから、その一瞬に起きた意図がどういうものなのは、自分ではよくわかっていない。

そんな感じなのです。

私が正直にそう伝えると、メンターコーチは言いました。
選ぶのは直感で構わない。
ただ、どのような選択肢から、どういう意図でそれを選んだのか、後付でいいから言語化できることが大切だ、と。

そう、選択するその時は、無理なく自分らしく、自分の強みを最大限に発揮できるように振る舞えばいいのです。
そうすることが、クライアントへの貢献につながるはず。
自分が今感じとっている流れを信じて、直感に従えば良いのです。

必要なのは、振り返って観察し、言語化していくこと。
将棋の感想戦みたいなものだって言ってました。
直感による選択の結果、何が起きたのか、それによってゴールにはどう影響したのか。
それを言語化できれば、なんとなくの方向性や期待していた展開という形で、実は意図=戦略が存在していたことがわかってきます。
そのプロセスでは、取らなかった選択肢、見えていなかった可能性にはどんなものがあったのか、そんなことも検討できます。

資格申請準備の一環で、このコーチング戦略の他に、セッションログの作成をしました。
セッションで交わされたやり取りを、一言一句文字に起こします。
文字になったやり取りを少し俯瞰して眺めてみると、たしかにこの時は複数のカードから選択をしているし、その時にはこういう意図が存在していたんだな、ということが見えてきました。
他のセッションと比べてみると、話し方や相槌の打ち方、話すペースが違うし、関わり方やセッションの進め方も全然違う。
意識できていなかったけれど、ちゃんとその時のクライアントに合わせた選択をしていました。
こういう振り返って言語化していくことは、取り組まないとできるようにならない、トレーニングなんだなと思います。
そして、言語化によって客観的に見えるようになると、自身の可能性を広げるために、何に取り組むことができるのかを考えられるようになります。

これは、コーチング力向上に限った話ではないですね。
「体験を振り返って学習することが大切」という、極めてコーチング的な話ではあるのですが、振り返らずにやりっ放しにたり、新しいインプットばかり求めたりしていたかもなぁと、改めて反省しました。

止まって、観て、気づく。
そういうところに、いつも戻ってきます。

私が、コーチング「戦略」との付き合い方として、改めて決めたこと3つ。

まず、自分の持っている選択肢を増やすこと。
そのために、振り返りを通して、セッションで起きていることを言語化していくこと。
色々なコーチのセッション、色々な人とのセッションが選択肢を広げるチャンス。
うまくいかない時、合わない人、試行錯誤した時こそ、その経験から学習すること。

それから、直感の働きやすい状態にすること。
直感は大事。
だから、直感を妨げるものがない、ピンと来やすい自分であること。
そのために、自身を整えること。

そして、直感を作っているものを豊かにしていくこと。
その人の直感とは、何でできているのか?
きっとそれは、その人といううつわに堆積したものでできているのだと思います。
堆積したものとは、知識や経験、スキルはもちろんのこと、受け継いでいる資質や動物としての勘も、あの時誰かが話していたことやこれまで見てきた景色、触れてきたもの、そういうものです。
そういうものに後押しされて、直感は働くのではないかと思います。
でも、それは何でもいいわけじゃないと思います。
血肉の通った体験とでも言いましょうか。
きっとこの話も、何かの記事で読んだぐらいじゃ堆積されないかもしれません。実際に書いたり話したり体験したりしないと。
でも、何かの拍子にハッと深く刻まれることもあるかもしれません。
私は、私のうつわには、できるだけ自分が素晴らしいと思えるもの、価値があると思えるもの、美しいと思えるものを堆積していきたいなと思っています。
そのために何ができるのか、考えていかなきゃいけないなと思っています。

コーチングとは長い付き合いにしていきたいと思っているので、これからも、そういうことを愚直に取り組んでまいります。