Categories
BLOG うつろう風景

寒露の冬支度

先週の金曜日、10月8日は二十四節気の「寒露」。
秋が深まり、冬に向けた支度をする時期だそうです。
この時期は、空気が澄んでいて、晴れの日も多く、空が本当に気持ち良いですね。

私は最近、夜空を眺めることが増えてきました。
最近、「金星」というものを認識できるようになったんです。
なんと生まれて初めてです。

https://www.instagram.com/p/CU2Dg9ap85B/?utm_source=ig_web_copy_link
https://www.instagram.com/p/CUrpAbfJGSc/?utm_source=ig_web_copy_link

我が家のリビングのベランダは西向きで、しかもそちら側に琵琶湖があるもんだから、私は毎日、西の空ばかりを眺めています。
ある日、夕暮れ時の西の空に、一つだけ、強く輝く星を見つけたんです。
まさに一番星です。
その時はきれいだなーと思っただけだったんだけど、次の日も、その次の日も気になる。
そこで、夜空にスマホのカメラを向けると星の名前を教えてくれるアプリで調べてみて、「これが金星か!」と知るに至った次第なのです。
それからは、毎日、夕暮れ時に西の空を見上げては「あ、金星!」とやっています。

金星は、地球の内側を回っているので、真夜中に見ることはできないそうです。
この、夕暮れの西の空に見える金星を「宵の明星」、明け方の東の空に見える金星を「明けの明星」と呼びます。
宵の明星が見えるのは来年2月頃まで、来年3月頃からは明けの明星が見られるそうですよ。


冬の支度も始めています。

なんといっても、まずは冷え対策。
ストールやレッグウォーマーを引っ張り出し、お布団も厚いものに変えました。
飲み物も、温かい番茶が美味しい時期ですね。

そうそう、新しく小さな土鍋を買ったんです。

https://www.instagram.com/p/CUtoeLzJxJx/?utm_source=ig_web_copy_link

週末に目止めをして、今朝はこの土鍋でさつまいものお粥を作りました。
朝ごはんにお腹の温まるものを食べると、ほっとしますね。
これからの時期、おじやにうどんに一人鍋に、大活躍してくれそうな予感です。


この寒露の時期には、「早寝早起き」と「呼吸」を大切にするといいそうです。

季節が移り変われば、日照時間も変わります。
日照時間が変われば、私たちの体内時計にも影響します。
この季節の変わり目に、その時の自分にとって心地よい「早寝早起き」に意識を向けることって、とても理にかなっているなーと思います。

私は、もともと夜ふかしが苦手(眠くて遅くまで起きていられない!)なのですが、朝寝はわりと得意だったりするので、笑
最近は、早起きして、気持ち良く一日を始めることを意識しています。
我が家は小さな子どももいるので、朝の時間は嵐のように過ぎていきます。
でも、早起きで時間のゆとりがあると、心地よく「今日の自分」を立ち上げることができると感じています。

朝目覚めると、まず体温と体重を測ります。自分の身体の調子を確認します。
そしてお湯を沸かしながら、顔を洗って簡単に身支度を整える。
それから、ゆっくりと白湯を飲みながら、ベランダに出て、外の空気を感じています。
ぼんやりしたり、呼吸したり、ストレッチして身体を動かしたり、今日の感じと今の自分を馴染ませます。
そうそう、最近は、お友達に誘ってもらった朝活にも参加していて。
毎朝6時55分から、ほんの5分だけのオンラインの集まりなのですが、元気をもらえる大切な時間です。

朝活が終わったら、家族の支度の時間!
朝ごはんを食べて、子どもの準備を手伝って、それぞれの時間に間に合うように、
「はーい、みんないってらっしゃい!」と全員を送り出すまで、息をつく余裕がありません。

送り出して後片付けをしたら、またスイッチを切り替えて、その日のスケジュールやタスクを確認してお仕事モードの始まり。
早起きができていないと、ここの切り替えがうまくいかず、ズルズルと引きずっちゃうんですよね。
在宅仕事だといくらでも引きずれちゃって、その結果、あれもこれも集中できない…
早起きは、一日の過ごし方に大きく影響するなーと、しみじみ実感している今日この頃です。


それから「呼吸」。
空気の澄んだこの時期だから、至るところで気持ちよく呼吸して嬉しくなっているのですが、最近は、特に寝る前にじっくり呼吸するようにしています。

いわゆる「呼吸法」と「深呼吸」の違いって何だと思います?

「呼吸法」は、吐いてから吸うやり方で、腹が主導権を握っているそうです。
「深呼吸」は、吸う方が先で、胸が主導権を握っているそうです。
「呼吸の本」(谷川俊太郎・加藤俊朗)に書いてありました。
この場合の「呼吸」は、腹で吐いてから吸う方だと思っています。

おやすみ前の布団の中で、呼吸に意識を向けています。

最初の何回かは、お腹からしっかり全部吐き切って、お腹を緩めたら勝手に空気が入っていって、というのを意識して繰り返しています。
鼻から「ふーっ」とか、口から「はーっ」とか、吐き方は色々やって、違いを感じながら遊んでいます。
そうしているうちに、お腹が柔らかくなって、自然と深い呼吸ができるようになる気がします。
そのまま、自然に息を吐くことを繰り返していると、すーっと全身の力が抜けて、本当に気持ちよーくリラックスして、気付いたらぐっすり眠っています。

そして、ぐっすり眠れると、気持ち良く目覚められる。
良いサイクルです。
最近はそんなふうに過ごしています。

Categories
BLOG 好きと交差

くるり『東京』

最近よく、「コロナが落ち着いたらどうしたい?」とか「何の制限もなかったら何したい?」なんて聞かれることがあります。
私はだいたい「ライブに行きたい」と答えます。

そう、ライブに行きたいですね。

野外フェスでもいいけど、やっぱりライブハウスに行きたいです。
密で、薄暗くて、なんだかよくわからん蒸気がモワモワしてて、その向こうにステージが輝いている。
そんなライブハウスに行きたいですね。
ライブハウスにはひとりで行きたいです。
周りには、温度を感じられる知らない人たちがたくさんいて。
イントロが始まったら、思わず「おーっ」と声を漏らしちゃったりして。
隣にいる知らない人と、目を合わせて笑い合って、喜びを分かち合いたいですね。
そして、ライブが終わったら、それぞれの家路に着き、それぞれの日常を生きたいです。

まあ、今もライブやってますよね。色々配慮しながら。
主催側からしたら「そんなに行きたいなら来なさいよ」って感じだと思うんですけど。
でも、昔みたいな気軽な感じでは行けない。
その腰の重さは私の問題でもあります。うん。重いのです。

なので、最近はオンラインで見てます。
本当に手軽でありがたいことです。
無観客だと全然別物ですけど、それでも「今」を感じられるのはありがたい。


先日、くるりの「京都音楽博覧会2021」(音博)というイベントに参加しました。
オンラインの配信イベントです。
名前の通り、毎年京都で開催しているイベントなのですが、去年からオンライン化しています。
無観客で編集も入ってるので、ライブ配信というより音楽イベントという感じです。
前半は最新アルバムの曲を楽団形式で、後半は立命館大学の学生会館からバンドセットで演奏していました。

セットリストというものが好きです。
セトリ。演目のリストですね。
始まる前から「今日は何演るんだろ?」とワクワクして、予想の外れる展開でもそれはそれで興奮して。
今この場のために、その曲を選んだのだということに、強いメッセージの存在を感じます。
オンラインでライブを観るようになってからは、気に入ったら自分でプレイリスト化して何度も反芻しています。

今回の音博は、公式からセトリのプレイリストが出てました。
後半のバンドセットの方です。

最近のくるりのセトリは、ロック色が強くてすごく好きです。
私、くるりというか、岸田繁のファンなんですけど、
近年は、彼のこと、心の中で「岸田先生」って呼んでたんですね。
大学の先生してるし、交響曲とか作ってるし、見た目は南こうせつみたいになってきてるし。
でも、最近のくるりを見てると、やっぱり彼は私のロックスターだなって思います。
なに恥ずかしいこと言ってるんだって気がしますが。
やっぱり彼はロックスターです。

このセトリからは、重苦しさの向こうに、それでも生きる力を感じさせられました。
本当に好きなが曲いっぱい。
「ハローグッバイ」「HOW TO GO」「奇跡」。暗いけど、「窓」も好き。「ハイウェイ」に救われるなあ。「GO BACK TO CHINA」や「花の水鉄砲」は、ライブで観ると本当にかっこいい。
そして「東京」。


「東京」という曲のことを書きます。

「東京」は、くるりのメジャーデビュー曲です。1998年のこと。
くるりって、今年が結成25周年なんですって。すごいですね。

私が最初に聴いたくるりの曲は、この「東京」です。
高校生の頃、当時お付き合いしていた方にこのCDをもらいました。
何度か聴きましたが、当時の私はメロコア好きのキッズでして。情緒よりも衝動。
なので、当時はそんなにピンと来なかったんですね。

それから何年かして、たぶん、2004年じゃないかな。
COUNTDOWN JAPANっていう年越しフェスで、初めてくるりのライブを観たんですね。たまたま。
それが、まあ、もう、衝撃的で。
その時のセトリの最後の曲が「東京」でした。
その演奏を観て、本当に、「こんなにかっこいい人が存在するのか…!」と思ったんです。
完全にあの場に君臨してましたね。彼の支配する世界です。
大サビ前の間奏の、あのギターがギュイーンってなった後の溜め。あそこで時間止めてますもんね。
すごいんです。私の語彙力も足りないけど、かっこよさが言葉を超えているわけです。
まあそれで、それからずっと、私はくるりの、岸田繁のファンなんですね。

で、今の「東京」。
年月が経ち、最近の「東京」は、昔よりもかなり淡々とした風情となっています。
私が一目惚れした、あの間奏のギュイーンってギターも、今はやらないです。
ヴォーカルも高音は張らないし、全体的にさらっと流す。
一方、ラストの「ラーパーラーパパッパ」というバックコーラスは、祈りにも似た切実さを帯びている。

その変化によって、私はこの曲に、なんだか普遍的な趣を感じているのです。
「東京」って、離れた人を想う曲だと思います。
ラブ・ソングです。東京で、京都にいる好きな人を想う曲です。
でも、ラブ・ソングってね、私の中からはだんだん共感がなくなってきている気がします。残念ながら。
そして、どんどんノスタルジックな代物、リアルではない代物になってしまうというか。
たまに聴くと、良いなと思うんですけどね。

今の「東京」は、恋愛的なテンションの高さがなくなっていって、
私たちの日常の中に溶け込んでしまった離れ離れと響き合っている気がします。
特にコロナ以降、私たちの日常にとって、離れ離れは当たり前のものになってしまいました。
そして、私たちは、その離れ離れに随分と慣れ、諦め、適応し、新しい暮らしのなかで前に進んでいます。
そこには、なんだか忘れてしまう、慣れてしまって感じなくなってしまう、そんな想いがある気がします。
それは、寂しさややるせなさ、苦しさ、もがき、怒り。そういう想いです。
理性的には、「そんな想い抱いても仕方ないし…」と処理した方が生産的かもしれない。大人の対応かもしれない。
でも、私は、自分の中にそういう想いがちゃんとあることに気づきたいし、時々はそういう自分とも一緒にいたいと思うのです。
今の「東京」を聴くと、私はただ、「ああ、そういう自分がいるな」と感じることができます。


私、ロックスターが27歳で亡くなる時代の人じゃなくてよかったって思うことがよくあります。
ずっと好きだと思い続けられるバンドなりアーティストなりがいて、ずっと現役で表現活動を続けてくれていて、それをずっとかっこいいと思っていられるなんて、本当に幸せなことです。

そのアーティストと、今この時代を共に生きているからこそ、感じられること、受け取れることがあると思います。
そういう存在がいることに、私はただただ心から感謝しているのです。

久々にMV観たら、あまりの若さに「うわーっ」となりました。
Categories
BLOG コーチングといううつわ

コーチング「戦略」との付き合い方

コーチングをしていると、しばしばコーチングの「戦略」という言葉に出会います。

私は、この「戦略」という言葉、ちょっと苦手です。
硬いというか、強いというか、なんとなく身構えちゃいますね。

苦手意識の心当たりはふたつ。

コーチングを学び始めた時、一番最初に学んだのは「聴くこと」。傾聴でした。
これが基本で、最重要。
そして、普段の自分は、いかに相手の話を聴いていないのか思い知りました。
相手の話を耳に入れながらも、
「次に自分は何を話そう」「私だったらこうするけどな」「この後の予定なんだっけ?」
まあ、色々なことを考えている。
だから、「戦略」なんてあれこれ考えてたら、聴くことができなくなっちゃうんじゃない?という恐れがひとつ。

もうひとつは、私が直感と適応性で進んでいくタイプであること。
先々を見据えるよりも、流れに身を任せ、その瞬間瞬間に対応するのが好きです。
「戦略」という言葉からイメージする、複雑なシミュレーションを重ねて最適な判断をするようなアプローチは苦手。
苦手なことをやろうとすると、そのことに一生懸命になってしまって、ますます聴けない。

そういう苦手意識から、「戦略」にはできるだけ近付かずに過ごしてきました。

ところが、先日、またこのコーチング「戦略」という言葉に出会いました。

コーチングの資格の申請書類のひとつで、提出する審査用セッションのコーチング「戦略」について書け、とのこと。
うーん、正直、「戦略」と申されましても…という感じなんだけど、審査用の大事な資料だから適当なことは書けないし、参ったな。
それに、これから先ずっとこのコーチング「戦略」って言葉はついて回るだろうから、このあたりで付き合い方を考えるのも良いかもしれない。
そう思って、私のメンターコーチ(コーチング力向上のためのコーチ)に相談しました。

私のメンターコーチは経験豊富なMCCの方ですが、実はその方も「戦略」って言葉は好きではないそうです。
やっぱりそういう方、一定数いるみたいですね。

でも、その方が言ってくださったことは、
コーチング「戦略」を問われた時に聞かれているのは、「どのような意図を持ってコーチングしているのか?」ということだ、ということ。
つまり、方向性や姿勢のようなものだと捉えて構わないということです。

コーチがクライアントと関わる時、瞬間瞬間で、様々な関わり方の選択をしています。
戦略とは、その様々な選択の意図や方向性であり、どのようなことを思い、そのような関わり方を選択したのか、ということなのです。
クライアントの個性や状態、テーマや求めているゴール、今この時のクライアントに個別対応するために、コーチは関わり方を選択しているはずなのです。

そうか、たしかにそうであるはずだ。私もそういうことをしているはずだ。
私はそう思いました。

でも、改めて「では、このセッションのコーチング戦略は?」と聞かれると、どうもよくわからないなーというのが正直なところなのです。
どの局面でも、選択肢は色々あったはず。
でも、その色々なカードの中から、私は一瞬でシュッと直感的に選んでいる。
だから、その一瞬に起きた意図がどういうものなのは、自分ではよくわかっていない。

そんな感じなのです。

私が正直にそう伝えると、メンターコーチは言いました。
選ぶのは直感で構わない。
ただ、どのような選択肢から、どういう意図でそれを選んだのか、後付でいいから言語化できることが大切だ、と。

そう、選択するその時は、無理なく自分らしく、自分の強みを最大限に発揮できるように振る舞えばいいのです。
そうすることが、クライアントへの貢献につながるはず。
自分が今感じとっている流れを信じて、直感に従えば良いのです。

必要なのは、振り返って観察し、言語化していくこと。
将棋の感想戦みたいなものだって言ってました。
直感による選択の結果、何が起きたのか、それによってゴールにはどう影響したのか。
それを言語化できれば、なんとなくの方向性や期待していた展開という形で、実は意図=戦略が存在していたことがわかってきます。
そのプロセスでは、取らなかった選択肢、見えていなかった可能性にはどんなものがあったのか、そんなことも検討できます。

資格申請準備の一環で、このコーチング戦略の他に、セッションログの作成をしました。
セッションで交わされたやり取りを、一言一句文字に起こします。
文字になったやり取りを少し俯瞰して眺めてみると、たしかにこの時は複数のカードから選択をしているし、その時にはこういう意図が存在していたんだな、ということが見えてきました。
他のセッションと比べてみると、話し方や相槌の打ち方、話すペースが違うし、関わり方やセッションの進め方も全然違う。
意識できていなかったけれど、ちゃんとその時のクライアントに合わせた選択をしていました。
こういう振り返って言語化していくことは、取り組まないとできるようにならない、トレーニングなんだなと思います。
そして、言語化によって客観的に見えるようになると、自身の可能性を広げるために、何に取り組むことができるのかを考えられるようになります。

これは、コーチング力向上に限った話ではないですね。
「体験を振り返って学習することが大切」という、極めてコーチング的な話ではあるのですが、振り返らずにやりっ放しにたり、新しいインプットばかり求めたりしていたかもなぁと、改めて反省しました。

止まって、観て、気づく。
そういうところに、いつも戻ってきます。

私が、コーチング「戦略」との付き合い方として、改めて決めたこと3つ。

まず、自分の持っている選択肢を増やすこと。
そのために、振り返りを通して、セッションで起きていることを言語化していくこと。
色々なコーチのセッション、色々な人とのセッションが選択肢を広げるチャンス。
うまくいかない時、合わない人、試行錯誤した時こそ、その経験から学習すること。

それから、直感の働きやすい状態にすること。
直感は大事。
だから、直感を妨げるものがない、ピンと来やすい自分であること。
そのために、自身を整えること。

そして、直感を作っているものを豊かにしていくこと。
その人の直感とは、何でできているのか?
きっとそれは、その人といううつわに堆積したものでできているのだと思います。
堆積したものとは、知識や経験、スキルはもちろんのこと、受け継いでいる資質や動物としての勘も、あの時誰かが話していたことやこれまで見てきた景色、触れてきたもの、そういうものです。
そういうものに後押しされて、直感は働くのではないかと思います。
でも、それは何でもいいわけじゃないと思います。
血肉の通った体験とでも言いましょうか。
きっとこの話も、何かの記事で読んだぐらいじゃ堆積されないかもしれません。実際に書いたり話したり体験したりしないと。
でも、何かの拍子にハッと深く刻まれることもあるかもしれません。
私は、私のうつわには、できるだけ自分が素晴らしいと思えるもの、価値があると思えるもの、美しいと思えるものを堆積していきたいなと思っています。
そのために何ができるのか、考えていかなきゃいけないなと思っています。

コーチングとは長い付き合いにしていきたいと思っているので、これからも、そういうことを愚直に取り組んでまいります。