2月。どうしても体調を崩しやすい時期ですね。
最近は次男(5歳)の調子がいまいちで、昨日も保育園からの連絡で早めにお迎えに行きました。
小さな子どもの不調の難しさのひとつに、自分のしんどかったり痛かったりする状態をことばでうまく伝えられないことがあると思います。
昨日の息子は、微熱だけどぐったりと動くことも難しい状態になって、「朝は元気だったのに、どうしてしまったんだろう」とわたしも先生たちも困惑していたのだけど、帰宅してから耳だれが出たことで中耳炎だとわかりました。
「耳が痛かったの?」と聞くと「うん」と答えるんだけれど、それを自分からことばで表現するのはまだ難しいようです。
そのあたりが伝えられるようになると、周りの大人としてはかなり助かるんだけど。
でも、周りの人に自分の異変を気づいてもらえて、心配して世話を焼いてもらえる。
そういう経験は、彼にとって大きな意味のあることなんじゃないかと思っています。
*
とはいえ、最近はあまりに不調が続いていて、
本人はもちろんしんどいだろうけど、お世話をしているわたしもしんどい。
軽くて長い風邪が治ったと思ったら、一瞬だけ高熱の出る新たな風邪をもらい、それらの影響で中耳炎になるという具合。
先週から、丸一日保育園に通えた日が一日もない。
回復期にはビデオを見ながら多少の時間はひとりで過ごすこともできるようになったので、仕事をリスケしなきゃいけないことは以前よりも格段に減ったけれど、急性期はそれどころじゃないし、小児科にも連れて行かなきゃいけない。
何ができているという感じじゃないのに、気忙しくて疲れる。しんどい。
そういう時、「インフルエンザじゃなくてよかったじゃない」とか「1年前よりは楽になっているよ」とか、他のもっとしんどい状況と比べて慰めるような思考が出てくることがあります。
さらには、「子ども3人いる人と比べたら全然大したことない」とか「被災した人たちより恵まれている」とか、もっとしんどうそうな誰かの状況と比べるような思考が出てくることもあります。
そういうのが出てくると、もう黙ることしかできない。
だって、それ自体はたしかに正しいように感じる。
そういうのを出されると、それ以降の話が「でもでもだって」になる気がしてくる。
そんな愚痴めいた話、甘ったれたような話はするべきではない。
そう深く刷り込まれているから、それ以上は口をつぐむしかない。
そうやって我慢することを、いつからか学んでしまっている。
でも、本当にそうなのでしょうか。
今、わたしが感じているしんどさを、他のしんどさと比べる必要があるのでしょうか。
今ここに、わたしのしんどさがある。
それで十分なのだと思います。
*
きのうの夜は大変だった。
夜遅くに、次男が吐いたのだ。
不思議なもので、そういう時は直前に目がさめる。
目がさめたところで、「あ、はじまる」と眺めながら、受け止めることぐらいしかできないのだけど。
ひとしきり通り過ぎてからが本番で、
どろどろになった息子を清めて着替えさせて、
どろどろになった自分も清めて着替えさせて、
どろどろになった寝具や衣類を洗濯する。
とっくに日付は変わっていて、
わたしはこのまま眠ってはいけないような気がして、
冷凍庫に隠しておいたビエネッタをスプーンに3すくいだけ食べた。
朝目覚めると、ケロッとした顔をした息子は
今日も美しく、愛おしかった。
これは、夜中に息子が嘔吐した次の日のわたしの日記。
ビエネッタをスプーン3すくい分のしんどさがあり、
ビエネッタをスプーン3すくい分の慰めがあった。
ただそれだけを、受け止めたらいいのだと思います。
*
ビエネッタカップってありがたい!
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